古文対策問題 003(伊勢物語「芥川」)
【本文】
昔、男ありけり。女を深く愛しければ、親許さず。男、夜深く女をぬすみ出でて、はるばると行きければ、芥川といふ川を率て行きけるに、河のほとりに葦の葉むらむら白く、夜もすがら雨、いたく降りければ、女、恐ろしといひて、男の肩にすがりて歩みぬ。
男、女をいとほしと思ひ、歌を詠めり。
「から衣 きつつなれにし つましあれば はるばるきぬる 旅をしぞ思ふ」
女、これを聞きて、いみじう泣きけり。
【現代語訳】
昔、ある男がいた。女を深く愛していたが、親に認めてもらえなかった。男は夜遅くに女を連れ出し、遠くまで歩いていった。芥川という川を渡っていくと、川岸には葦の葉が一面に白く、夜通し激しい雨が降っていたので、女は「怖い」と言い、男の肩にすがって歩いた。
男は女を不憫に思い、歌を詠んだ。
「着慣れた着物のように、何度も共に過ごした妻がいるからこそ、こうして遠くまでやってきた旅の辛さが身にしみて思われる」
女はこの歌を聞いて、ひどく泣いた。
【覚えておきたい知識】
文学史・古文常識:
- 作者:未詳(在原業平が主人公とされる)。
- 作品:『伊勢物語』は平安時代の歌物語。和歌と短い物語を組み合わせて人生のさまざまな場面を描く。
- 芥川:摂津国(現在の大阪府周辺)の川。多くの和歌にも詠まれる名所。
- から衣:「着物」にかけて「慣れ親しむ」の意を重ねた序詞(枕詞)。
重要古語・語句:
- 親許さず:親が結婚を認めない。
- ぬすみ出でて:こっそり連れ出して。
- 率て行きける:連れて行った。
- 葦の葉むらむら白く:葦の葉が一面に白く見えるさま。
- いとほし:気の毒だ、かわいそうだ。
- 歌:和歌の「から衣〜」は「なれ」「つま」「はるばる」「旅」と妻(つま)と複数の掛詞が使われている。
【設問】
【問1】男が歌に込めた「旅をしぞ思ふ」の心情として最も適切なものを一つ選べ。
- 新しい土地での生活への期待。
- 親の反対を乗り越えた喜び。
- 妻とともにいることの幸せ。
- 慣れ親しんだ日々から離れる寂しさと、旅のつらさ。
- 冒険心に満ちた高揚感。
【問1 正解と解説】
正解:4
歌では「きつつなれにしつましあれば」と、親しんできた妻と別れての旅路であること、「はるばるきぬる旅をしぞ思ふ」と遠くまで来た苦労を重ねて詠んでいる。日常からの別れと旅の苦しさ・寂しさが心情の中心である。
【問2】本文において、「女がいみじう泣きけり」とある理由として最もふさわしいものを一つ選べ。
- 雨で服が濡れてしまったから。
- 親に見つかるのが怖かったから。
- 男の愛情と苦悩が歌に込められているのを感じたから。
- 夜道が暗くて不安だったから。
- 旅の終わりが近いことを悟ったから。
【問2 正解と解説】
正解:3
男の詠んだ歌には、愛情や旅の苦しさ・寂しさが込められていた。女はそれを感じ取り、心を強く打たれて泣いたのである。
【問3】「から衣 きつつなれにし つましあれば〜」の和歌に関する説明として正しいものを一つ選べ。
- 「から衣」は、唐(中国)から伝わった衣服を意味する。
- 「なれにし」は、「慣れ親しんだ」という意味を持つ。
- 「つま」は、旅路の「端」を意味する。
- この和歌は旅の楽しさを歌ったものである。
- 和歌の主語は女である。
【問3 正解と解説】
正解:2
「なれにし」は「慣れ親しんだ」という意味で、「から衣」(着物)とともに使われ、親しい妻との別れの寂しさを詠む枕詞・掛詞となっている。